セールスをやっていると、理不尽なことで、あやまるなんて腐るほどある。クライアントの常識が世間の常識

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「悪いけど、手持ちがないから明日きてくれるか」

十数年前の7月31日の午後3時過ぎ、この日に集金にきてくれと日時をしていしてきたクライアントの倉庫兼事務所で、開口一番発した言葉だ。

「いや、社長。明日は8月1日なので本社に戻らないといけません。しかも、7月は今日までなので、7月分の集金は本日いただかないと、未回収になりますので」

入社して間もない新人営業マン河村操は、安易にそのセリフを口にした。その言葉が、プライドの高い小売店の社長を刺激した。

「そんなもんわかってる。今日が月末最終日で、今月の請求は今月中に払わないといけないのはわかっている。そんなあたりまえの商習慣を、お前みたいな小僧から言われんでもわかる。今月色々あって、苦しいから、来月まで待ってくれって頼んどんのや」

そんなことは、こっちもわかってる。売上が厳しくて、支払いができないのはわかってる。せやけど、俺は、上司に言われてるんや。売掛の回収が絶対や。いくら売上をあげても、金もらわれへん奴はカスや。営業マンとしてなりたてのや、肝にめーじいー、と。

だから、必死なんや、お金もらわれへんかったら、ここまで必死で築いてきた成績が、評価が、大きくマイナスになるんや。金くらい払えや。

そんな、気持ちを持ったまま、クライアントさんと会話を進めたのがよくなかった。相手は商売を何十年も続けているプロ中のプロ。若造の考えていることなどお見通しだ。なんとしてもお金をもらいたい俺に対して、どうだろうか、脅すつもりも半分あったのだろうか、いきなり切れた。

「ですけど、社長、、、、」

と私が口を開いた瞬間、セリフをさえぎって、椅子からたちあがり、倉庫兼事務所にある、在庫を置いてある棚から、うちがおさめた風邪薬を、突然つかんで床に投げ始めた。

「わかったわかった。お前とことの取引は、今日で辞めにする。請求分は商品で持ってかえれ、あまりの分は、差し引きして振り込んでくれ」

と怒鳴りまくりながら、商品を次々私の足元に向かって投げ出した。し、しまった。キレさせてしまった、もっと他に言い方があった、失敗したと後悔した。そして、すぐに、この状況をとりあえず、収めよう、何とかしようと、新人営業マン河村操は必死で考えた。

そして、その時点で、考えられる、最高の方法をとった。

「す、すみませんでした。そうですよね、ら、来月で結構です。上にちゃんと報告しますので」

と、半べそをかきながら、クライアントである社長の、軸足である右足太ももにしがみついた。当然、ひざまづいている。絶対的王者に、しがみついて、泣きながら懇願する、負け犬の如く。
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その、負け犬ぶりが、あまりにもみすぼらしかったのか、社長は、3箱目の風邪薬を持って振り上げた右手を静かに下ろしてくれた。

「わかった、わかってくれたらええねん。悪かったなあ、商品投げて。うちも、おたくとは付き合いも長い。これまで1回も、遅れることなく払ってきた。せやけど、今月はどうしても、無理やったんや。申し訳ないなあ」

と、急にやさしい声になり、ひざまづいている、俺の右手をとり、たたせてくれた。わたしは、床に落ちた風邪薬を拾いながら、立ち上がり

「いえ、こちらこそスイマセンでした。杓子定規に、今月は今月って会社が決めたとおりに、お金をいただとこうとしたのが、あおくて、情けないです。会社にかけあって、来月分に回してもらえるように言ってみます。えらそうに言ってすみませんでした」

と言って、店舗をあとにした。強烈なショックのなか、とぼとぼと駐車場まで歩いて行き、エンジンをかけてクーラーをつけた車に乗り込んだが、しばらく動きなかった。始めて、未回収が発生したことへのショックと、いきなり切れるクライアントに対する恐れと、怒り。そして、なにより、奴隷のように、王様にひざまついて、命を懇願した自分がとった行動がショックだった。

おいおい、これでよかったのか。もっと、いい対応はなかったのか。人間の尊厳を失ってまで、やることなのか。セールスというのはここまで理不尽なのかと。

結局1時間くらいは動けなかった。今までの人生、これからの人生を考えていたのだと思う。俺は、こんなことをするために、親に産んでもらい、育てられ、学問をし、体を鍛えてきたのかと、きっと相当考えた。あまり覚えていないが、そんな感じだったと思う。

今となっては、笑い話であり、営業マンの悲喜こもごもな話をメインに組み立てられた、トークショーでは、最も受けるネタのひとつになっているから、それはそれで全然いいのだが、その時はそうではなかった。

結局、このできごとが、その後の営業マン河村操を大きく変えていくことになる。その話は、また別の機会にしたいと思う。

いずれにせよ、セールスはいつも矛盾や理不尽とともにいる。この事件は、どう考えたって、契約を破ったクライアントに非がある。長年の付き合いがあるという条件を考慮したとしても、若い営業マンに地べたを這いつくばらせるような行動をとってはいけない。

それでもあの場面では、ああするしかないのだ。

理路整然とした話や、データーにもとづいた、提案書や企画書の作成が求められる一方で、こんな理不尽なことが、日常的におこるということもセールスは知っておく必要があるだろう。

これをおもしろいと考えられるマインドも、必要なスキルではなかろうか。

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