愛想笑い、媚びた笑顔を振りまくセールスマンの美しさ。

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好きなことをして生きよう、大好きを仕事に。社畜な生き方なんて考えられない、もっと自由に楽しく生きようぜというのにはおおいに賛同するし、わたしもそうして生きている。

だからといって、自分の好きな仕事ができず、我慢して働き続けるサラリーマンに対して、そんな生き方なんかどうかしてるぜというつもりはさらさらない。

先日大阪の事務所で仕事をしたあと、同じビルにあるレストランで、ひとりで食事をしていた。わたしは2人がけの席にひとりで座り、本を読みながら焼き魚定食を箸でつついていた。すると、その右の6人がけのテーブルにサラリーマンらしきかた2名と、なんでしょう、自由に仕事をしている感じの40代前半の男の人が、スタッフに案内された。

「こちらのお席でよろしいでしょうか?」
「ええよ、ここで」

と、その自由業の男の人が座った。席が近いので会話が全部つつぬけだった。その男の人は、市内で飲食店を3店経営をしている社長だった。前にいるサラリーマンは4店目の店舗設計および施行を頼まれている業者だった。

いわゆる接待。私は、調査よろしく彼らの話に聞き耳を立てていた。ところが、とくに話におもしろいこともなく、ごくふつうの話がおこなわれていた。おもしろかったのは、話の内容ではなく、ふたりのサラリーマンの応対。

社長の言動および一挙手一投足に全神経を集中させている。おもしろくもない、社長がおもしろいだろう、この話と言う風の話には全力で笑っている。経営について語ったときは、神妙なおももちで、ふたりで大きくうなづいている。

社長はふんぞり返り、背もたれに背をつけている。2人のサラリーマンは、前のめりになり、両手を太ももの上において、両手を握りしめ、食事もとらずに話を聞いている。
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あきらかに、愛想笑いだし、媚びた笑顔、執拗なうなづきをしている。社長がトイレにたったときには、2人は見つめ合い、肩を上下させリラックスしながら、作戦を立てている。

どうなのだろうか。これが、みなが嫌がっている、いかにも社畜な生き方だろう。おもしろくもない話に笑い、大してすごくもない話に思いきりうなづき、お褒めの声をいただいたら、恐縮し、ひきつった笑いで答える。どうみたって、こんな生き方いやでしょうの、代表的なシーンだ。

私は、それを見て、心底感動した。泣くなよ、ひとの会社の接待見て、泣くなんて絶対あかんぞと思いながら、溢れそうになる涙を必死でこらえた。

うつくしすぎる、かっこ良すぎる。

仕事のために、自分を押し殺して、犠牲にして、クライアントさんに良い気持ちになってもらう。自分ことなんて、何ひとつ考えず、100%クライアントのためである。そのみにくい笑顔を、我々が笑うことなんてできるはずもない。彼らの後ろには家族が見える。会社の同僚や上司や部下の影がみえる。

彼らは、家族のため、会社のため、ひたすら媚びている、注文をもらうために、そこまでするかということを、している。

わたしは贅沢だと思った。好きなことをして、大して頭も下げず、好きなように仕事をしている。

はたして、どっちがいいかなんて言っていいのだろうか。すきなことをして生きていく生き方だけが奨励されていいのだろうか。

サラリーマンふたりが、社長がトイレに立った、少しの間に見せた結束感と信頼感。あれは、背水の陣におかれた状況だからでてきたものだ。

ものを売る瞬間に、久しぶりに立ち会えた。まさに、最前線は、命の取り合いだと思った。自分を完全に押し殺し、神に魂を売ったように振る舞ってまで、とらないといけない、決めないといけない商談。

それを、簡単に、社畜な生き方なんてと否定してはいけない気がした。

あの美しさ、カッコよさは、だそうと思ってだせるものではない。本当に相手のため、家族のため、同僚のためを考えたときにでるすごさだ。

売るって、本当に、すごいことだなあと思った。好きとか、嫌いとかを超越したものがそこにはある。

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